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【芸能の継承と地域づくり2】北谷町謝苅区のエイサー

2020/3/5公開

沖縄の魅力のひとつとして、エイサーや大綱曳きに代表されるように、地域ごとに固有の芸能やお祭りが豊かであることがあげられます。後継者不足に悩む声が各方面から聞こえてくる昨今ですが、ただかっこいい、美しいというだけではなく、その営みが人と人とをつなげる役割を担い、地域を支えているからこそ、今もなお受け継がれているのではないでしょうか。本シリーズでは、芸能の継承を通して地域づくりを行なっている地域の方にお話を伺い、その取り組みをご紹介していきます。

今回は、北谷町南東部の高台に位置する謝苅(じゃーがる)区の青年会によるエイサーにスポットを当て、元事務局として組織をサポートしながら、地謡として三線を演奏している仲尾勝成さんにお話を伺いました。幼少期から謝苅区青年会のエイサーに憧れ、伯父に三線を習い初めてからは古典音楽にも関心を深め、数多くの舞台で活躍されています。現在は、株式会社もろみの代表取締役として会社を経営しながら、野村流音楽協会琉球古典音楽組踊・舞踊地謡研究所の研究所長として、後継者の育成を担っています。

—沖縄県内ではエイサーを継承している団体が多くある中で、謝苅区青年会のエイサーの特徴はなんでしょうか?また、みどころも教えてください

北谷町謝苅区出身の民謡歌手・松田弘一さんが作った楽曲「北谷村」から入場するのが特徴です。演舞は10曲程度で構成され、ゆったりとした音楽からはじまり、徐々にスピードアップし、最後は軽快かつダイナミックに演舞します。

みどころはたくさんありますが、近年では「ガーエー」といって他の地域と演舞対決をするんです。「ガーエー」とは沖縄の言葉で、「喧嘩する」みたいな意味で、「オーラセー」「オーラス」とも言います。元々は、地域を練り歩いている最中、他の団体と鉢合わせた時に、お互いに技の見せ合いみたいな感じでやっていたのですが、いつ頃からか見ている人が一つのパフォーマンスとして楽しんでくれるようになりました。

仲尾勝成さん

—実際に活動している人は、どのような年代の方が中心となっているのでしょうか。また、伝統芸能の保存継承が危ぶまれる地域もありますが、謝苅区青年会では若い人が集まる工夫や取り組みなどありますか?

青年会なので、やはり20代が中心です。うちは高校1年生から入会でき、初めは手踊りを習います。その後、締め太鼓に取り組み、25歳くらいになると大太鼓を担ぎます。三線のメンバーは30〜40歳くらいでしょうか。

青年会のメンバーにとって、家でもなく、仕事場や学校でもない、自分の居場所になるような環境づくりを心がけています。中には、家庭や学校に悩みを抱えている子もいました。青少年育成活動の一環で地域の安全パトロールをしていますが、過去に声をかけた子が青年会に入って縦社会や礼儀を学び、今では一児の父に……ということもあります。

また、青年会の活動だけでなく、プライベートで一緒にドライブに連れて行ったり、話を聞いてあげたりすることで、青年会が自分の居場所と感じてくれたらいいなあと思っています。所属している一人ひとりが充実した生活を送ることで、青年会の活動も充実したものになりますからね。

謝刈青年会のエイサー

—エイサーの練習や演舞以外に、青年会として日頃から行なっている活動について教えてください

謝苅区が主催するイベントや区の清掃活動には積極的に参加しています。青年会がこうして活動できるのも、区の協力があるからなんです。そのため、地域に貢献できることは、青年会メンバーみんなが進んで行います。地域の人々とたくさん触れ合う機会を作ることで、自分たちのコミュニティーも広がりました。謝苅区内だけだったつながりも、他の地域や団体の人たちへと、どんどん大きくなっていきます。

私にとっては、謝苅区青年会で得たつながりや体験が、会社や三線研究所の活動にも活きてきます。だから、大変なことも大変とはあまり感じないというか…昔から先輩が、さらに先輩の先輩たちが当たり前にやってきた事でもありますから。そうやって先人が、謝苅区の青年会や自治体の活動を始めとする“伝統”を守ってきたから今の私たちがいます。

また、近年では、「青年会の活動を知って欲しい!」という想いから、地域住民を招待して総会を行なっています。日頃の活動報告や皆さまから頂いた寄付金をどのように使ったかなどを報告し、信頼できる団体になるよう心がけています。ひと昔前は「夜遊びしているのでは?」とか「やんちゃな人が多い」など、青年会に対してあまり良いイメージを持たない人もいました。しかし、自分たちが誠実に活動を行えばちゃんと見てくれる人がいる…そう教えてくれたのもこの青年会の活動です。

古典音楽を演奏する仲尾さん

—仲尾さんは青年会でエイサーを始めたことがきっかけで、三線で琉球古典音楽を習い始めたのですよね。エイサーでは軽やかでアップテンポの曲が多い沖縄民謡を演奏することが多いと思いますが、なぜ重厚でゆったりとした曲が多い「古典音楽」を始めたのでしょうか?

エイサーで三線を弾きたい!という想いをきっかけに、伯父が野村流音楽協会の先生だったということもあり、古典音楽を始めました。エイサーで弾くのは民謡ですが、発声や声量などは古典音楽で培ってきたものが生かされていると実感することが多くありました。なので、三線やりたい!という人は、まず古典を学ぶのもオススメです。現在、自分の三線研究所には、謝苅区青年会の後輩や他の地域の地謡の人が一緒に稽古しています。中には三線の教師免許を取得した子や国立劇場おきなわの組踊研修生として頑張っている子もいますよ。

エイサーも古典音楽も“伝統”といわれるだけに、脈々と受け継がれてきたものにはたくさんの教えや学びが詰まっています。現在、私が代表取締役を務める、株式会社もろみでも「伝統・挑戦・真価」という社訓を掲げています。それは、“青年会の活動や古典音楽で学んだ、先人たちの教えや人と人のつながりの大切さなどを活かしたい、そして今の私たちにできる挑戦をすることで”真価を発揮したい”という想いがあります。私にとっては、青年会の活動も、古典音楽の活動も会社も全てがつながっているんです。

三線研究所の皆さんと演奏する仲尾さん


活気がありダイナミックなパフォーマンスで定評のある謝苅区青年会。その演舞の裏には、青年会や地域の人々を中心とした、人のつながりを大切にする想いがありました。謝苅区青年会は他の地域の居住者や他地域から移住してきた方も大歓迎とのことです。

「人が喜んでくれると自分も嬉しいし、幸せになれるなーと感じるからこそ、何か困っている人がいたら力になりたいと思います。また、自分が困っていたら誰かに助けられて…助け助けあいの繰り返しですね(笑)」とおっしゃる仲尾さん。エイサーに打ち込みながら、あったかい人の心に触れられそう…そう思わせてくれるインタビューでした。旧盆はぜひ謝苅区青年会のエイサーを見に行ってみてください!

全島エイサー祭りでのエイサー演舞

<取材協力>
株式会社もろみ 代表取締役 仲尾勝成さん


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